「子どもの最善の利益を第一に考える」
児童福祉の現場にいると、何度も耳にする言葉です。
子どもの権利条約にも明記されている大切な原則です。
でも正直に言うと――
この言葉、簡単なようでとても難しい。
大人が決める「最善」は本当に子どものため?
条約では、子どもに関わるすべての活動において
子どもの最善の利益が第一次的に考慮されるべきだとされています。
けれど現実はどうでしょうか。
・親の都合による引っ越し
・経済的な事情
・進路の選択
・日々の生活の中での小さな衝突
子どもと大人は、それぞれ違う立場にいます。
親には親の事情があり、子どもには子どもの思いがある。
「あなたのためだよ」
大人はそう言います。
でもその“あなたのため”の中には、
大人自身の都合や安心も少なからず含まれていることがあります。
子どもの「いいこと」と大人の「いいこと」は一致しない
子どもにとっての善いことは、
大人にとっての善いことと、いつも一致するわけではありません。
子どもは弱い立場にあります。
自分ひとりでは生きていけません。
だからこそ、大人の判断は子どもの人生に大きく影響します。
それでも大人は、身体的にも社会的にも強い立場にあります。
その力をどう使うかが問われているのだと思います。
「最善」は一方的に決めるものではない
最善の利益とは、
大人が一方的に決める答えではありません。
それは、
- 子どもの声に耳を傾け
- 子どもの気持ちを想像し
- 時間をかけて対話し
- 折り合いを探る過程
その中にあるものだと思います。
完璧な正解はないかもしれない。
でも、子どもと向き合い続ける姿勢こそが「最善」に近づく道なのではないでしょうか。
現場で感じること
児童養護の現場にいると、
「子どものため」という言葉がどれだけ重たいかを感じます。
安全を守ることも大切。
規律を教えることも必要。
社会に出る力を育てることも重要。
でも同時に、
この子は今どう感じているのか
この決定は本当にこの子の人生にとってプラスなのか
大人の都合を優先していないか
自分に問い続けることも必要だと感じています。
最後に
「子どもの最善の利益」
それは完成された答えではなく、
問い続ける姿勢そのものなのかもしれません。
子どもにとって本当に善いことは何か。
その問いを、
大人である私たちが手放さないこと。
それが最初の一歩なのだと思います。


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